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昭和歌謡大全集

2007年07月18日 17:30

昭和歌謡大全集 昭和歌謡大全集
村上 龍 (1997/01)
集英社

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またまたタイトルからは内容が想像つかない小説。というか小説だということにすら気がつかない可能性がある。作者は村上龍。1994年刊行。

裏表紙のあらすじ。
孤独なコンピュータおたくの6人グループのひとり、スギオカは、刃渡り20センチの山岳兵用ナイフをジーンズのベルトにさし、白昼の街に。尻を突き出して歩くおばさんの喉にナイフを押し、水平にひいた。ミドリ会という名のおばさんグループのひとり、ヤナギモトミドリが死んだ。ふたつのグループの殺しの報復合戦を、「恋の季節」「星の流れに」「チャンチキおけさ」等々昭和の名曲をバックに描く。

私は昭和の終わりのほうの生まれなので、物心がついたのは平成に入ってからだった。だから、作中に出てくる「恋の季節」「星の流れに」「チャンチキおけさ」「有楽町で逢いましょう」「港が見える丘」「錆びたナイフ」「アカシアの雨がやむとき」「骨まで愛して」「いつでも夢を」「また逢う日まで」という昭和の名曲の数々を私は知らなかった。とりあえず雰囲気を掴むためにyou tubeでいくつか探して聞いてみた。

チャンチキおけさ
http://youtube.com/watch?v=ijAn1ylxbK8

有楽町で逢いましょう
http://youtube.com/watch?v=WFUYA6COHus

アカシアの雨がやむとき
http://youtube.com/watch?v=DA93fRDHbVs

さすがyou tube。便利な世の中になったものだね。三曲続けざまに聞いて、気分はどっぷり哀愁漂う昭和時代。そんでもってやっぱり昭和は私にとってプチ異世界なんだなと再認識。昭和生まれと一口で言っても、世代の差は大きい。

さて、そんな昭和の名曲が背景に流れる中で繰り広げられるのは、いささか不快かつお馬鹿な復讐劇。どうしようもない若者達が、これまたどうしようもないおばさん達と殺し合う。報復の手段がエスカレートしていくさまは、馬鹿馬鹿しいとしか言いようがない。こういう馬鹿らしさは嫌いではないけどね。

やや卑猥な表現やグロめの描写があるので、苦手な人はご注意を。

長門有希の100冊のセレクション基準に関する謎がまたひとつ深まってしまったな。
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戦闘妖精

2007年07月03日 20:12

【妖精】西洋の伝説・物語に見える自然物の精霊。美しく親切な女性などの姿をとる。ケルトやラテン系民族に多く、各国で名は違う。仙女。(広辞苑第五版より)

おそらく多くの人が初めて出合う妖精は、『ピーターパン』のティンカーベルや『眠れる森の美女』の妖精ではないかと思う。妖精というのは想像上の存在に過ぎないが、童話やファンタジーによって、人々に受け入れられ明確にイメージされるようになる。

妖精とひとくくりにいっても、その姿かたちは物語によってずいぶん変わってくる。ディズニーアニメではティンカーベルは手のひらサイズの女性型+透き通った羽をもった姿として描かれている。一方、眠れる森の美女のほうは、どっちかと言うと魔法使いっぽいおばさんだ。

上記の広辞苑の「美しく親切な女性」という形容に当てはまる妖精といえば、『ゼルダの伝説 神々のトライフォース』の妖精が思い浮かぶ。私にとって『神々のトライフォース』はなかなか思い入れのあるゲームなので、妖精と最初に聞いて連想するのは、ハートを7つ回復してくれるあの小さい妖精なのだ。しかし『時のオカリナ』の大妖精を見たときはびっくりした。あんなの妖精じゃない。見た目魔女だ。ってか悪女?
妖精

小さな妖精
時のオカリナ 大妖精



妖精というのは人型の精霊の総称として使われることもあるらしく、その姿は美しい女性(もしくは可憐な少女)に限定されない。シェイクスピアの『真夏の夜の夢』に出てくる、オベロンやパックなどは女性型ではなく人間味に溢れる妖精である。妖精とは日本でいう所の妖怪だといわれれば、その姿が多岐にわたるのも納得できる。しかし例えそうだとしても、言葉というものが共通認識によって成り立っていることを踏まえれば、ある程度のイメージは固まっているものであろう。

身長十数センチの少女に透き通った(虫の様な)ハネが生えていて空を飛んでいたら、それは妖精と呼ばれるはずである。また、妖精の絵を描けといわれたら、半数以上がこのタイプを描こうとするのではないだろうか。


さて。ここに一冊の本がある。タイトルは『戦闘妖精・雪風<改>』。一切のヒントがない状態で、いったいどのような内容を想像するだろう。

まず「戦闘」と「妖精」という言葉が目を引く。「美しい親切な女性」という妖精の説明からは、戦闘という言葉は連想できない。かといって妖精と戦闘が全く相容れないものだとは言い切れない。『ロマンシング・サガ3』に登場する妖精というキャラクターは、主人公達の仲間に加わり戦闘に参加する。とすると、戦闘妖精というのは戦える妖精のことなのだろうか。雪風というのがその妖精の名前だとすると、水だか風だかの属性を持った(吹雪系の魔法が使える)妖精というイメージが湧いてくる。


さらに『戦闘妖精・雪風』の表紙を飾るのがグレーの戦闘機だという情報が与えられたとしよう。モノトーンな戦闘機。妖精の影も形もありはしない。ということはこの本は戦闘機の話であって、妖精は関係ないのだろうか。妖精の話なのか戦闘機の話なのか、判断に困るところである。


では裏表紙のあらすじをみてみよう。
南極大陸に突如出現した超空間通路によって、地球への侵攻を開始した未知の異星体「ジャム」。反撃を開始した人類は、「通路」の彼方に存在する惑星フェアリイに実戦組織FAFを派遣した。戦術戦闘電子偵察機・雪風とともに、孤独な戦いを続ける特殊戦の深井零。その任務は、味方を犠牲にしてでも敵の情報を持ち帰るという非情かつ冷徹なものだった―。
…妖精という言葉が持つファンタジックな要素の片鱗すらうかがえない。


最初の数ページを読んでようやく、戦闘妖精雪風というのが戦術用の人工頭脳を積んだ高性能戦闘機のことらしいと分かって来た。しかしこの人工頭脳、無駄なおしゃべりは一切しない。というか任務の遂行に関わること以外の反応をしない。戦闘マシーンに搭載された人工知能と言うと、『フルメタルパニック』のアルや、『E.G.コンバット』のGARP、『スカーレット・ウィザード』のダイアナ・イレブンスなどを思い浮かべてしまい、雪風の異質さに少し戸惑いを覚えた。(ラノベばっかじゃん。)雪風に比べるとHAL9000がとてつもなくフレンドリーに見えてくる。


指揮官のブッカー少佐が行進をする人形を作ったとき、彼が雪風の人工頭脳のインターフェイスを作るものだと信じて疑わなかった。こう、ホログラムかなんかで妖精が出て来てパイロットをナビゲートする感じで。戦闘妖精雪風がアニメ化されているって話は聞いていたから、無意識に萌要素を求めてしまっていたのかもしれない。この予想は最後二重の意味で裏切られることになった。

萌えなんていう甘っちょろいものはない。ファンタジーのような夢も救いもない。親切な美女もいない。

ひたすら殺伐とした、正体不明の敵との戦争。人間の理解を超えた無機質な機械頭脳。積み重なる犠牲。戦いの意味を見失いそうになる人類。

ハードだ。ハードすぎる。先ほどラノベを引き合いに出してしまったのが申し訳なくなるほどハード。「戦闘妖精」っていうタイトルはミスリーディングではなかろうか。といいつつ、それに代わるぴったりのタイトルは思いつかないわけだが。むしろ読後、妖精という言葉の認識がガラリと変わってしまうので「戦闘妖精」にすとんと落ち着く。


妖精という軟派(?)な語感に惑わされず、騙されたと思って読んでみて欲しい。

戦闘妖精・雪風(改) 戦闘妖精・雪風(改)
神林 長平 (2002/04)
早川書房

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ちなみに本作はSFマガジンに1979年から掲載された連作短編で、続編に『グッドラック―戦闘妖精・雪風』がある。


これを書くにあたってWikipediaを参考にしていたら、『戦闘妖精少女 たすけて! メイヴちゃん』という派生アニメの存在を知った。私の初期想像はこれに近い。っていうかここまで来るとプリンセス・プラスティックだなぁ。



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