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人間の手がまだ触れない:甲の毒は乙の毒なのか?

2004年07月19日 00:00

人間の手がまだ触れない / ロバート・シェクリイ

Fは長編よりも短編をよく読むような気がする。短編SF作品集は数多く出版されているが、気に入った本をいくつか挙げろといわれた場合、ロバート・シェクリイの「人間の手がまだ触れない」は五つの指に入るかもしれない。どこがどう好きと聞かれると答えに給するのだが、奇想天外なアイディアは三度読んでも飽きが来なかった。

SF短編の面白さは、最後の一捻りにあると思う。最後のオチというのだろうか、そこで読者に「あっ」とか「おっ」とか「えっ」とか言わせる作品が私は好きだ。

この短編集「人間の手がまだ触れない」には全部で13篇の作品が収められている。その中でも表題作の「人間の手がまだ触れない」や「専門家」そして「体形」が好きだ。
「人間の手がまだ触れない」では、題名どおり、人間がいまだかつて触れたことのない、異星人の倉庫に眠る品物の中からなんとかして人間が食べられるものを探そうと苦心する話。品物についたラベルを何とか翻訳しようとするのだが、怪しいものばっかりなんだ。<ヴァルコリン製、よろず味自慢、消化力のある万人の使用に適す>という赤いゴム状の物体は、いきなりくすくす笑い出したりする。食べ物の概念からして人間と違う宇宙人っていう設定が、新鮮だった。
それから「専門家」を読んだ私は、何とかして『推進(プッシュ)』してみようと、試行錯誤したものだ。しかし、これって、人間が持っていないライオンの尻尾を振る以上に私には不可能なことなんだよね。

この作品集には、人間と宇宙人や異世界の住民との接触をテーマにしたものが多く、文化や、食生活の違いゆえに起こるすれ違いに一種の衝撃を受けた。
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銀河帝国の弘法も筆の誤り:駄洒落SF~あるいは味噌汁とカレーライスについて

2004年07月13日 00:00

銀河帝国の弘法も筆の誤り 銀河帝国の弘法も筆の誤り
田中 啓文 (2001/02)
早川書房

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はっきりいって、これほど読者を馬鹿にするような小説は読んだことがなかった。人がせっかく真剣に読んでいるのに、最後の最後でまじめに読んでいたことを後悔することになるとは。後味すっきりさわやかな読了感なぞ皆無。残るのは、ただただ脱力感と「アホやーー!!」という心の中で叫んだこだま。
と、こんな紹介をしたが、これ、いちおう褒め言葉として受け取ってもらいたい。
この本は星雲賞日本短編部門受賞し、「SFが読みたい!2002年版」で国内ランキング4位に選ばれている。しかし。本気でこんな駄洒落SFが賞を取り、4位に選ばれたのか、と疑いたくなる。が、よくよく考えてみるとくだらない駄洒落と一発ネタを肯定できるほど、SFとして完成しているのかなとも思えてくる…のかな。

さて、この本を面白く(別の言葉で言い換えれば馬鹿馬鹿しく)しているのは、五つの短編のそれぞれに小林泰三や牧野修などの作家が解説をつけているのだ。それも、田中啓文をけなすという趣旨で。そしてそれに田中啓文はいたってまじめ(?)に反論しているのだ。さらに、この本の帯には、「それでも私たちは、この本を推薦できません」という文字があり、有名作家の名がずらりと並んでいる。なかなか手が込んでいるよ。それから、この時代錯誤なエイリアンと美女の表紙も妙に作品になじんでいて面白い。

ちょこっと(結構)下品でもあるが、今まで読んだこともないようなSFという意味では面白かった。でも、これ、人にお薦めするにはちと勇気がいるか。自分の品位を疑われてしまうかもしれないからね。それでもあえて言うが、私は「銀河を駆ける呪詛」が好きだったりする。このオチがたまらない。


この作者の本:田中啓文

火星人ゴーホーム:あいつらは人間が嫌がることを嬉々としてやる

2004年07月11日 00:00

火星人ゴーホーム / フレドリック・ブラウン

ある日いきなり、緑色で小さい火星人が大量に地球に現れたらどうなるだろう。
緑色の火星人は見ること、話すことはできるのに、触れることはできない。
まるで何も存在してないかのように通り抜けてしまうのだ。

この火星人ははっきり言ってとんでもないヤツラだ。
人間が嫌がることを嬉々としてやって、迷惑この上ないのだ。
テレビやラジオに乱入し、野次を飛ばし、雑言罵言を吐き、邪魔をする。
人のプライバシーを暴き出し、人間の精神をずたずたにし、国家機密を吹聴し、経済が崩壊する。

人間はなんとか地球から出て行ってもらおうとありとあらゆる手を尽くすのだが…。


これがフレドリック・ブラウンの『火星人ゴーホーム』の世界だ。
このSFはどちらかというとスタンダードな部類に入るのだろうか。
書かれたのが1960年代ということだが、そんなに古臭く感じなかった。

そして、ただ迷惑この上ない火星人の引き起こす騒動の話に終わってない。
訳者あとがきにもあったが、どことなく哲学的ですらある。

狂っているのは自分なのか、みんななのか。
こんなこと実際にはありえないだろうが、もし、こんな火星人がいきなり現れたら…。
どうやって火星人と付き合っていけばいいのだろうか。
想像してみるとすこし、面白いかもしれない。

サンタ・クロース対スパイダー:戦うサンタ万歳

2004年07月07日 00:00

世界の中心で愛を叫んだけもの 世界の中心で愛を叫んだけもの
ハーラン・エリスン (1979/01)
早川書房

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ハーラン・エリスンのSF短編集「世界の中心で愛を叫んだけもの」のなかでも私が好きな話は「サンタ・クロース対スパイダー」かもしれない。

これ読んでいて思った。

戦うサンタさんってかっこいい!

南極の巨大おもちゃ製造工場に多くの小人(?)たちと一年を過ごすサンタ。
サンタとして忙しいのはクリスマスの時期。
だけど、十二月以外の月は、暇をもてあましている。

こんあサンタ像は都合のいい巧妙な隠れ蓑である

ひとたび指令が下れば、ハイテク武器に身を固め世の悪と戦う正義のサンタになるのだ。
そしてあの赤い服にはありとあらゆるガジェットが詰まっている。

以下本文から引用

ロケット、ジェット背嚢、ナパーム弾、矛、手裏剣、高圧ホース、スパイク、.三〇マシンガン、酸、可燃性あごひげ、ふらむと救命ボートになる偽胃袋、火炎放射器、プラスチック爆弾、ゴム製の赤いつけ鼻式手榴弾、工具ベルト、ブーメラン、大斤刃刀、投げ縄、山刀、ディリンジャー、ベルト・バックル式時限爆弾、錠前あけ用具、潜水装置、両側の尻の部分にカメラとゼロックス、伸縮自在フックつき鋼鉄ミトン、ガスマスク、毒ガス、サメ除け薬、スターノ・ストーブ、非常用食料、それから世界の名著百点をおさめたマイクロフィルム・ライブラリー
<中略>
上衣のこの第三ボタンを押すと、吹く全体がふらんで宙にうかび、航空飛行用に密封される

太って見えるが、あれは服の裏側にありとあらゆる武器防具を隠し持っているからに違いない。
あの赤い服のなかには、鍛え抜かれた肉体があるんだろう。
サンタさん最強。
戦うサンタ・クロース万歳!

ギ : こうさぎ

2004年07月04日 00:00

今話題のこうさぎを飼ってみた。



名前は「ギ」。



この愛くるしい生物が、「Conservation♪」とか「ΑΩー!」とか言うのである。

面白い。



これからなるべく頑張って、変なSF用語や科学用語を覚えさせてみたいななんて思ったり。

というか、それが目的。

世界の中心で愛を叫んだけもの:流行に流されない人に

2004年07月02日 00:00

世界の中心で愛を叫んだけもの 世界の中心で愛を叫んだけもの
ハーラン・エリスン (1979/01)
早川書房

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去年から「世界の中心で、愛をさけぶ」が話題になっている。
私はまだ本を読んでないし、映画もドラマも見てない。
恋愛モノは苦手だ。
そして、はやりモノも好きじゃない。
だけど、せっかくなので「世界の中心で愛を叫んだけもの」を読み返すことにした。
私の認知する限りにおいては、これが「世界の中心で、愛をさけぶ」のタイトルの元ネタ。

たしか「世界の中心で、愛をさけぶ」はもとは「恋するソクラテス」とかいうタイトルだったらしい。
しかし出版社側がもっと売れるようなタイトルに変更したというはなしだ。
ま、たしかにこのタイトルのインパクトが売れる要因の一つになったんだろう。

ちなみに、数年前に話題になったアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」の最終話のサブタイトルは「世界の中心でアイを叫んだけもの」。
おそらく、「世界の中心で愛をさけぶ」は、エヴァの方を念頭にタイトルを借用したのだと思われる。

しかし、「世界の中心で愛を叫んだけもの」はハーラン・エリスン著のSFである。
誤解のないように書いておくが、「世界の中心で愛を叫んだけもの」の短編集が日本で発行されたのは1979年である。
そして表題作である作品が書かれたのは1968年。

裏表紙の紹介には「鬼才ハーラン・エリスンのウルトラ・バイオレンスの世界」とある。
まったくもって純愛モノとは程遠い世界だ。

ひねくれものの私としては、書店で「世界の中心で愛を叫んだけもの」を平積みにしてある「世界の中心で、愛をさけぶ」の上に乗っけてしまいたい気分に襲われるのだが…。



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