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タウ・ゼロ

2010年11月28日 23:04

宇宙の誕生について「ビックバン」というモデルがある(あった)。(SF好きには釈迦に説法になってしまうが)1948年に提唱されたこの宇宙誕生のモデルは、要するに宇宙の始まりは小さい火の玉みたいなもので、そこから宇宙そのもの広がって今の形になったという説だ。もし宇宙の質量が一定量より小さければ宇宙は永久に広がっていく。もし質量が一定量より大きければいつか宇宙はまた一点に戻ってくる。ビックバンに対してビッククランチと呼ばれるその場合、収縮と膨張を繰り返すことになる。
ただ実際にはビックバン説では今の宇宙のこと(平坦性などの問題)を説明しきることは出来ないとされている。そこでインフレーションという指数関数的な膨張があったのではないか、というビックバンを補完する理論が1981年に提唱された。宇宙が始まって10^-36秒から10^-33秒の間で少なくとも10^78倍になったとする宇宙論だ。
宇宙のもっとも初期についてはまだまだ解明されていない。それどころかインフレーションの前の状態をそもそも今の物理学では説明できないのだ。

大学で宇宙物理学をちょっとかじったけど、大半忘れたし宇宙論は年々進歩しているし、説明も面倒いい加減なので、きちんとした説明は専門的な本とか読んでみてほしい。


小難しい話はさておきポール・アンダースンの『タウ・ゼロ』である。


タウ・ゼロ (創元SF文庫)タウ・ゼロ (創元SF文庫)
(1992/02)
ポール アンダースン

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世界各国の優秀な男女25人ずつを乗せた星間探検船<レオノーラ・クリスティーネ号>は32光年離れたおとめ座ベータ星第三惑星を目指して地球を後にした。もしその惑星が居住可能なら彼らは最初の移民として子を成し永住して生活していくことになる。資源と空間が限られている船内で徐々にたまっていくフラストレーション。男女の問題。

・・・そして重大なトラブル。船が小さな星雲を強引に突っ切った結果、減速システムが破壊されてしまったのだ。亜光速で飛び続ける<レオノーラ・クリスティーネ号>は宇宙空間の水素との衝突を避けるための電磁流体力場で覆われている。船外活動で減速システムの修理を行う為には力場を切る必要があるが、バリアがなくなった船は水素原子の衝突で放出される致死量に十分すぎるほどのガンマ線にさらされることになる。加速することしか出来ない棺桶で希望を失い自暴自棄になる船員たち。そこに提示される唯一の希望。つまり宇宙のガスを利用して加速し続けタウをゼロに近づけ(注1)、船内時間にして数年かけて銀河団、超銀河団の外に飛び出し、水素の存在する確率が極めて低い高真空で減速システムの修理をするのだ。

減速する目的でひたすら加速する<レオノーラ・クリスティーネ号>。光速に限りなく近づき、地球時間で何十億何百億年という時間が過ぎた。もはや地球も太陽系も消え去ってしまっただろう。そして、加速し続けた船についに「宇宙の死(収縮)」が訪れていた。



なんというスケールのデカさ。なんという極限状態。なんという絶望。

そしてあまりにも大きすぎる困難を乗り越えていくために、不屈の意思を持って、運命を共にする人々の団結を促す護衛官レイモント。彼の孤独な戦い。人間の弱さと強さ。

ハードSFの金字塔と評される本書は、ハードSF成分と人間ドラマがよい具合に融合している。まさに読み応えは抜群。宇宙の果てに挑む壮大なスケールに圧倒されてほしい。


インフレーションを含む現在主流の宇宙論からすればありえないと思ってしまうが、本書が1970年(正確に言うと原型である短編は1967年)に発表されたことを踏まえれば、驚くことしか出来ない。とまあ、私なんかがこの小説の科学的な側面を評価してもしかたないないだろうから、詳しいところは金子隆一氏による解説を是非。




注:タウ(τ)について。
小説内でも説明があるが、τは√(1-v^2/C^2)で定義される。vは物体の速度、Cは光の速度。もしvが古典力学の範囲であればタウは1に近いが、光速に近づくにつれ0に近づく。τは浦島効果(早く動いている時計は遅れる)やローレンツ収縮(早く動いているものが縮んで見える)の係数になっている。ここらへんの詳細は特殊相対性理論の解説の類をどうぞ。
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大宇宙の魔女 : シャンブロウ!シャンブロウ!

2009年10月18日 23:37

大宇宙の魔女
大宇宙の魔女 ノースウェスト・スミス (ハヤカワ文庫 SF 36)

前々から読んでみたいと思っていた作品ではあるのだが、書店で探してみてもなかなか見つけることが出来なかった。それを去年吉祥寺古本屋めぐりをしたときに戦利品として手に入れた。そのまま一年近く積んでしまっていたのを、ようやく読むことが出来た。

書店で見つからなかったのも無理はなく、実は絶版だったらしい。1971年に初版がでて1999年に一度復刊されるも、今は入手が難しいとか。

「大宇宙の魔女」は熱線銃を片手に危ない仕事を請け負いながら惑星をまたにかける男、ノースウエスト・スミスが主人公の短編集。収録作品は「シャンブロウ」「黒い渇き」「真紅の夢」「神々の塵」。作者はC.L.ムーア、女流作家である。

「大宇宙の魔女」といえばSF界で美女の代名詞ともなった「シャンブロウ」が有名すぎるほど有名。女性の美しさ妖艶さ儚さ神秘さ淫らさそして恐ろしさ。そのイメージが松本零士によるイラストと絡み合って相乗効果を生み出している。

「シャンブロウ」のエロさ。エロと書くと低級で浅薄な感じがしてしまうが…、もっと、こう、濃厚かつ繊細で、どろどろしているけど幻想的で、直球ではないけど扇情的で。エロいっていうより官能的って言ったほうがいいのか。まあ、とにかく「シャンブロウ」はN.W.スミスシリーズを代表するだけあって読み応えがある。

実はあとがきに「シャンブロウ」について、かのHPラヴクラフトの感想が載っている。

「<シャンブロウ>は大変な名作である。その壮麗な導入部の恐怖を秘めた旋律は、未知なるものの存在を不気味に暗示しながら進んでいく。理由は示されるままに、群衆が抱く恐怖によってそれとなく示唆されているそれの精緻な邪悪さはきわめて力強い。――そしてまた、それに関する描写は、その正体があきらかになったあとも決して読者を失望させることはない。この作品には本当の意味の雰囲気と、そして、緊迫感にみちている。」


正体が明らかになった後も読者を失望させないこと、これは非常に大事なことだと思う。B級のホラー映画とか、恐怖の存在の正体がわかったとたん白ける。そういえば、あんまりホラー映画とか見ないほうだけど「ジーパーズクリーパーズ」はひどかったなぁ。あまりのことに笑えた。

閑話休題。

ラヴクラフトといえば、四編目「神々の塵」がクトゥルフっぽくて結構気に入っている。酒場で出会った小男がスミスとその相棒ヤロールが持ちかける、古代の神が朽ち果てたあとに残ったとされる塵を手に入れるという仕事。それを引き受けたスミスらは、古代の洞窟で目に見えない怪奇なものと、名状しがたき未知の力に襲われ、危うく想像を絶する狂気に追い込まれそうになる。



「大宇宙の魔女」は、私の中の【これを読んどかなきゃSF者は名乗れない】必読SF小説リストを埋めていく運動の一環として半ばノルマじみたものを感じていた。逆に言うと「大宇宙の魔女」さえ押さえておけば、シリーズである「異次元の女王」「暗黒界の妖精」はどうでもいいと思っていた。だが「大宇宙の魔女」を読み終えたいま、残りの二冊も手に入れたくなってきた。作品を読むだけなら、ノースウエスト・スミス・シリーズ全13編で改訳決定版の「シャンブロウ(論創社)」があるらしいけど。松本零士のイラストもとめて、古書店めぐりに力を入れようか。

シャンブロウ (ダーク・ファンタジー・コレクション)シャンブロウ (ダーク・ファンタジー・コレクション)
(2008/07)
キャサリン・ルーシル ムーア

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マジック・キングダムで落ちぶれて

2008年08月19日 00:00

マジック・キングダムで落ちぶれて (ハヤカワ文庫SF)マジック・キングダムで落ちぶれて (ハヤカワ文庫SF)
(2005/08/09)
コリィ・ドクトロウ

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一種のサイバーパンク。
小説の冒頭から意味が良くわからなくて気になる単語がいくつか登場する。
意味不明な単語をちらつかされて、読み進めていくうちにぼんやりと世界観がわかってくる感覚は、SF特有のもの。

<ビッチャン世界>
この小説の舞台背景となる世界。人間は常にハイパーリンクに接続され、正確や記憶(つまりは精神)のバックアップをネットワークを介して取れるようになった。そのバックアップと肉体のクローンを組み合わせて、何度でも再生することができる。つまりは、不死が実現した世界のこと。

<デッドヘッド>
精神を肉体から切り離して、人間として再生されるときを先に延ばすこと。人生に飽きたら、数百年でも数万年でもデッドヘッドして周囲の環境を変えてみるのもいい。

<ウッフィー>
この世界における通貨のようなもの。周りの人からの評価で流動的に決まる。尊敬されたり、同情されたりすると増えて、逆だと減る。相手がどのくらいの<ウッフィー>を持っているかは、常にハイパーリンクで確認できる。



すでに何度も再生を繰り返して生きているジュールズは、自主運営のメンバーとしてディズニー・ワールドで働く夢をかなえた。そこで保守的なグループに属すジュールズは、アトラクションの覇権争いに巻き込まれていく。急進派であるデブラたちの侵攻食い止めるには、ホーンテッドマンションより魅力的に改造するしかない。仲間たちの信用を得、失い、落ちぶれる。不器用なジュールズの<ウッフィー>をかけた戦い・・・。



バックアップさえとってあれば、古い肉体を捨て新品の体で生き続けることができる時代。同時にそれの意味することは、バックアップした時点から再生されるまでに起きた出来事は、ごっそり切り捨てられるということ。コンピューターのバックアップと同じで、当たり前のことだけど。消えてしまった記憶。消されてしまう記憶。消してしまいたい記憶。再生のたび少しずつ何かを取りこぼしながら、生きて、死んで、再生される。不老不死に近い生き様を手に入れた人間は、何を糧に生きていくのだろう。


ぶっちゃけると、私がこの本を手に取った理由は、帯に当時気になっていた声優、池澤春菜による推薦文みたいなのが載っていたから。帯には「ホーンテッドマンションに100回入った」(参考:池澤春菜が帯を書いている)とか書いてあるし、ディズニーとホーンテッド・マンションが好きなだけかよ、と思ったのだが、なにやら池澤春菜のWikipediaの項によると

読書狂を自称するほどの読書家で特にSF物を好む。小学生の頃、学校の図書館の本を全て読破したことがある。その時、両親に「転校したい」(読む本が無くなった為)と話したところ、「いじめにあっているのでは?」と心配させたことがある。

とのこと。見くびってましたすみませんすみません。

ちなみに、私はホーンテッド・マンションに一度も入ったことがない。ディズニーランドも十年以上行ってないし。まあ、つぎ、いつかはしらんけど、ディズニーランド/ワールドに行く機会があれば、ホーンテッド・マンションに入ってみよう、かな、ぐらいには思った、たぶん。

人形つかい

2006年07月07日 00:00

ハインラインの「人形つかい」読了。

人形つかい 人形つかい
ロバート・A. ハインライン (2005/12)
早川書房

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長門さんの100冊の
11 R・A・ハインライン『世界SF全集12』
に収録されているのは「人形つかい」と「夏への扉」らしいので、11番クリア。

人形つかいは、非常に読みやすい。読みながら、SFとライトノベルの境界線はやっぱりハッキリしないんだなと、思わされた。この作品はあくまでもハインラインが著者だから代表的名作SFという評価を得ているんじゃないだろうか。もしもこれがここ最近の新人日本人作家の書いたものだったら、ライトノベルよりに分類されてしまいそうな感じがする。

あらすじは、明快。ある日ナメクジみたいな宇宙からやってきた生物が地球を侵略しはじめる。このナメクジは寄生生物で人間の背中に取り付き、取り付いた宿主を思うままに操ることが出来る。寄生生物は人間に気づかれることなく、徐々に仲間を増やしていく。秘密捜査官サムは、おやじ(オールドマン)と赤毛の美人捜査官メアリとともに、何とかしてナメクジによる侵略を食い止めようとする…。

この小説の中では、宇宙から来た寄生生物は、恐怖と憎悪の対象として描かれている。それに立ち向かう人類(アメリカ人)の英雄という構図だ。細かい調査抜きで、寄生生物と平和的な話し合いの機会を設けず、ただ「敵は殺せ」というアメリカの正義至上主義的な姿勢が貫かれている点には少々疑問を覚える。が、ハリウッドなんかでアクション映画として売り出したら、うってつけの娯楽映画になるんじゃないだろうか。



ちなみにサムがメアリを彼の別荘に連れて行ったとき、パイレートという猫がメアリを受け入れることを示す一種の儀式めいたことをする。

「やれやれ安心した」とぼくはいった。「いまちょっと、きみをここに置いておくのを彼[雄猫]が許してくれないんじゃないかと思ったよ」
メアリは顔を上げて微笑した。「心配することはないわ。私の三分の二は猫だもの」
「あとの三分の一はなんだい?」
「それはあなたが見つけるのよ」

殺し文句だね。なんていい女だ。惚れる。

トリフィド時代:食人三足歩行植物

2005年01月19日 00:00

トリフィド時代―食人植物の恐怖 トリフィド時代―食人植物の恐怖
井上 勇、ジョン・ウィンダム 他 (1963/12)
東京創元社

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食虫ならぬ食人歩行植物トリフィドに寄る人類滅亡パニックとでもいうのだろうか。

トリフィドは三足歩行をする植物である。毒を含む鞭状の部位を持っていて、これで獲物を打ち据えて倒す。そのまま死んだ獲物の脇に居座り、腐ってきた肉を喰らう。そんな危険な植物ではあったが、トリフィドから採取できる油は高品質であった為、人類はトリフィドを大量に栽培し油を摂取してた。トリフィドを鎖につないだり、柵に閉じ込めたりして安全は確保されていたはずだった。

人間がトリフィドを消費する側であって、その逆はありえなかった。

しかし、ある夜を境に人間はトリフィドに抵抗も出来ぬまま食われる立場となってしまう。


その夜、空ではすばらしい天体ショーが繰り広げられていた。
無数の彗星のような緑の光が、花火のように見られたのだ。

人々は歓喜した。
世界中の人々が、このまぶしい光を見た。



次の日の朝。
あの光を見たものはひとり残らず盲目になっていた。

人類を待ち構えていたのは、秩序も法もない世界と、疫病と、食人歩行植物トリフィド・・・。


運良く光を見なかった、一握りの目の見える人々は、なんとか生き延びようとしていく。数々の障害を乗り越え、人類は再び繁栄できるのだろうか・・・。






トリフィド(triffid)とは三つ足のこと。
あくまでもトリフィドであってトリュフとは何の関係もない。
きのこともマンドラゴラとも関係ない。



この本を読んでいたころちょうどマックホルツ彗星が太陽に近づいているという話を聞いた。一月いっぱい肉眼でも見えるそうだが・・・なんか見ずらいよね。



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