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時砂の王

2010年12月19日 23:07

時砂の王 (ハヤカワ文庫JA)時砂の王 (ハヤカワ文庫JA)
(2007/10)
小川 一水

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未知なるETの攻撃により地球は壊滅し、人類が海王星を拠点として抵抗を続けている未来。メッセンジャーと呼ばれる強化された人間の身体を持つ知性体達は、人類を救うため時間遡行して敵戦闘機械群を地球にて迎え撃つ。だがしかし、ET(エネミー・オブ・テラ)も更に時間を遡り執拗なまでに人類を追い詰めていく。人類の生存を賭けて過去へ過去へと後退していく戦線。ついに最終的な決戦の舞台は古代へ移り、メッセンジャーOと時間戦略知性体カッティは女王卑弥呼と出会う。メッセンジャーOと卑弥呼の下、人は力をあわせて未来からのET(物の怪)に立ち向かう。それがいかに絶望的な戦いだとしても負けるわけにはいかないのだ。

過去に干渉することによって生まれる時間の枝。そのうちのひとつに人類の未来を繋げていくための、犠牲に満ちた戦いに終わりはくるのだろうか…?ETが執念深く人類を襲い続ける理由は?


正体と目的が分からないETっていうのは、SF的に熱いね。それに「未来からの増援がない」=「人類に未来が無い」と言う残酷な事実に思わず息を詰めてストーリーを見守ってしまう。
ただ古代日本の背景にしっくりこなかったのは、私が歴史嫌いのせいなのかな。自分の中の卑弥呼のイメージって火の鳥がかなりの量を占めているから、若くて芯の強い卑弥呼に入れ込めなかったのはもったいなかったかも。


多少のご都合主義を気にさせず、骨太のSFバックボーンをラノベっぽい切り口で魅せる、読みやすい作品だった。
それにしても小川一水はSFの引き出しが多彩だわな。

あわせて読みたい:
戦闘妖精・雪風
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マイナス・ゼロ

2009年09月27日 22:03

マイナス・ゼロ (集英社文庫)マイナス・ゼロ (集英社文庫)
(2008/07)
広瀬 正

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復刊されていたのを買って一年近く本棚の肥やしと化していたのを、ようやく消化。文庫にしては若干厚めのため少々手をつけにくかったが、読み始めてみればあっという間。連休帰省するための名古屋⇔東京間の新幹線で読了。


以前「タイムリープ」の感想として、長編タイムトラベルものの楽しさは、タイムパラドックスをいかにしてうまく丸め込んで最後にパズルのピースをぴったりあわせるか、と書いた。「マイナス・ゼロ」も順調にパズルのピースが埋まっていくのがまさに快感。だがしかし先の見え透いた予定調和ではなく、予想外の事柄も起こりつつきっちり落ち着くところにまとまるのには参ったというしかない。特に終盤の展開は、まさかの連続。矛盾がないといえば嘘になるが、そんな重箱の隅をほじくるのが野暮に思えるほど全体構成の完成度が高い。


タイムマシンが跳んだ昭和初期を舞台に戦前日本の人々の暮らしが蘇って、昭和をあまり知らない私にとっては、二重の意味でタイムトラベルしたみたいだった。日本人として、読んでおきたいSFと言われている(?)のも素直に肯ける。

時をかける少女

2007年02月23日 20:03

タイム・リープ―あしたはきのう』を読み終わったら、急に筒井康隆の『時をかける少女』が読みたくなった。昔一度読んでいるのだが、理科室にあったあやしげな薬の所為で少女がタイムスリップする、という大雑把な記憶しか残っていない。

時をかける少女 〈新装版〉 時をかける少女 〈新装版〉
筒井 康隆 (2006/05/25)
角川書店

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十年ぶりぐらいに読み返してみると、タイムトラベルモノとしては気になる部分があった。例えば主人公の少女が得るのは、タイム・リープとテレポーテーションが組み合わさった能力であるが、過去に戻るとそこにいたはずの過去の少女は掻き消えてしまうのだ。同じ時間に同じ人物が二人いるのはおかしいという質量保存の法則とかは考慮されているが、いなくなった過去の少女はどうなるのだろう。過去に戻ることによって、その時点から先の時間はごっそり消えてしまう。少女の記憶の中以外は。つまり過去に戻るという行為自体が、未来を変えてしまうのだ。これは危険じゃないか。下手したら未来人が来た未来が失われてしまう。まあ最終的には未来人が全部つじつまを合わせてくれたのかなとも思う。科学が進んでいる未来からの未来人が、そのことを考えて忘れているはずがないもんな。

というかそもそも薬でタイム・リープ、という手段からして首を傾げざるを得ない。人間がもともと持っている潜在能力を発現させるための薬らしいが、超能力と呼ばれるテレポーテーションやサイコキネシスを生身の人間が行えるという設定を認めるのには、やっぱ少し抵抗を覚える。

昔の私だったら。超能力を否定するだけの常識/知識を身につけていないころの私だったら、純粋にそういう潜在能力を開放してくれる薬にあこがれたのかもしれない。ああ大人になるってことは、夢を失っていくことなんだね…。とかいいつつ今でも私は思いついたときにテレパシーやサイコキネシスの練習をやってたりする。頭の中の理論的な部分は超能力なんてあるわけないと否定しているが、非理論的な部分ではひょっとしたらとか思っている。サイコキネシスとかテレポーテーションとかなんてできるわけないけど、万が一うっかりちゃっかりできちゃったらラッキー、っていうレベルだけどね。

取り合えず一万歩譲って人間が潜在的にテレポーテーション能力を持っていて、それを薬で制御できるようになったとしよう。そして「時間移動も、タイム・バリヤーなどで、すでに可能である」ということにしよう。タイム・バリヤーなるものがどんなものなのかは分からない。でも言葉の響きから機械っぽい気もする。作中に出てくる「トランジスター・ラジオに似た装置」がそれなのかもしれない。問題は、機械による時間移動の効果を薬に盛り込むことなんてできるのか、ってことだ。普通に考えると二つはなかなか相容れなさそうな気がする。それなのに、テレポーテーションの薬にラベンダーの香料を加えるだけで、目的のタイム・リープ+テレポーテーションの薬ができてしまうのだ。これはとっても不可解ファンタジー。なんてチープロマンチック。おまけに薬を作るのに必要な器具・設備も、中学校の理科室にあったもので事足りてしまうのだ。そんなにお手軽でいいのかよ…(やっぱり私は夢を失ってしまっているみたいだ)。


無粋にもこまかいことにつっ込んでしまったが、『時をかける少女』が学園青春タイムトラベルモノの名作である事には間違いない。

時間跳躍というSFっぽい設定に、甘酸っぱい青春のなんちゃら(女の子と男の子の微妙な関係)をミックスしてあるという点において、『タイム・リープ』が90年代の『時をかける少女』だと言われているのも頷ける。


そういえば『時をかける少女』といえば去年アニメ化されて(正確には原作から20年後の世界が舞台だが)なかなかの高評価を得ているらしい。今のところみたい映画私的ランキングトップ5に入っている。レンタルレンタルっと。


関連:
タイム・リープ―あしたはきのう
サマー/タイム/トラベラー関連作品

タイム・リープ あしたはきのう

2007年02月20日 18:33

SFには色々なモノがある。タイムトラベルモノとか、宇宙人(ファーストコンタクト)モノとか、未来モノとか、ロボットモノとか、そういう風に大きく分類することができる。

この中では、タイムトラベルモノはなかなか地味っぽい(私の偏見)。タイムトラベルに限っては、大抵の場合収まるところに収まるだろうというのが見えちゃうからかな。もちろん、その型を破ったタイムトラベルモノもあるけど。

例えばブラッドベリの『雷のような音』。最初読んだときはバタフライ効果スゲーと思ったけど、よくよく考えると歴史はそこまで変革されていない。むしろズレがピンポイントで現代に現れてたのが奇妙といえば奇妙。いやでもまったく違う世界に投げ出されるより、その微妙にずれた世界のほうが怖いのか。

あと誰のなんて言う作品だったか忘れたけど、どんどんどんどん時間を遡って、宇宙の始まり近くまで来て、収縮された時空の一点に意識を集中させたら…。っていうとんでもないSF短編もあったな。三色の何か(素粒子?)を使って三回まで過去を変えるチャンスがあるっていう設定。詳細が思い出せないので情報求む。[2007/2/24 19:58追記 ルーディ・ラッカー『時空の支配者』コメント欄参照]

短編だと奇想天外なアイディアで意表をついたオチが楽しいが、長編はそうもいかない。どちらかというと、タイムパラドックスのつじつまあわせとか、物理法則に矛盾しない説明とか、そういうのが綺麗に纏め上げられているかどうか、がポイントになってくるような気がする。


高畑京一郎の『タイム・リープ―あしたはきのう』は、一週間の中を意識だけが行ったり来たりして時間を跳び越えてしまう女子高生のストーリー。混乱から始まって最後に収まるところに収まっていく過程にワクワクさせられる小説だ。

タイム・リープ―あしたはきのう (上) / 高畑 京一郎
タイム・リープ―あしたはきのう (下) / 高畑 京一郎

月曜日だと思って学校に行ったら、火曜日の時間割りだった。なぜ月曜日の記憶がないのだろう。記憶喪失にでもなったのか、それとも自分の中に違う自分がいるのか。不安なまま帰宅した翔香は月曜日の日記に、自分の筆跡で書かれたメッセージを見つける。クラスメイトの若松和彦に相談しろ、と。

水曜日、翔香は和彦に自分の身に降りかかった出来事を話すが、肝心の和彦は何も知らなかったし相手にもしてくれない。しかし翔香がその後何回か時を跳び越え、その証拠に未来を予言して見せると、この現象の解明に和彦は協力してくれるようになる。はたして何が原因で翔香はタイム・リープするようになってしまったのか。翔香は普通に時を過ごせるようになるのだろうか…。


翔香が行うタイム・リープは、精神だけの時間移動である。つまり、翔香の身体は途切れることなく時間の流れ沿って存在しているのに、翔香の意識だけがぽんぽん跳んでいるのだ。危機を感じると安全な時間を求めて跳び、自分が無事だったことが分かると元の時間に戻ってくる。そういうメカニズムらしい。

跳んだときにできる時間の空白が、後でその時間に戻ってくることによってパズルのピースがはまるように、ぴったり埋まっていくさまが快感である。最初のピースと最後のピースが繋がって完成した図は、きちんと枠に収まっていて見事としかいいようがない。

和彦がかっこよくて、頭が良くて、運動も出来る、けれど女を寄せ付けない雰囲気を纏う反則的なキャラだったり、その和彦と翔香があれやこれやあってなーんかいい感じになってしまうあたりがいかにもライトノベルだけどね。


ちなみに『あとがきがわりに』と題された文章には、さらに未来の和彦が登場する。最後に編集者のツッコミが入っているので、高畑京一郎のおふざけかと思いきや、もとネタはデビュー作である『クリス・クロス』らしい。これはいずれ読んでみたい。

関連:
サマー/タイム/トラベラー関連作品 

涼宮ハルヒについて大いに語る。その七。

2007年02月11日 02:43

涼宮ハルヒの陰謀 涼宮ハルヒの陰謀
いとう のいぢ、谷川 流 他 (2005/08/31)
角川書店

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『涼宮ハルヒの陰謀』はメインが二月の話であるからして、つまりは今頃だ。ついでに言うと現在公式サイトでも『陰謀』関連のネタが仕込まれている。なんかタイムリー。

節分。今年は実に数年ぶりにやった。下手したら中学生以来かもしれない。実は私は節分の豆が好きである。あの自然そのまま素材の味が気に入っている。だから節分の時期になると数え年以上の豆を結果として食べてしまう。おまけに食べる豆が減るのがもったいないので、撒く豆は最小限に抑えるのだ。部屋の中に撒く分はテーブルに転がす程度にして、後で回収して食べてしまう。節分から数日は、豆が私のおやつとなる。
小学生の頃、豆まきの翌日が楽しみだった。通いなれた通学路に豆が落ちているからだ。道路に落ちている豆を数えて歩くのが好きだった。

最近は恵方巻きとか言って、太巻きを食べるのだと聞く。これは私が日本を出てから浸透したらしい。よって私はこの新しい風習をやったことがない。親に聞くと、クリスマスケーキ並みに予約を取るところがあるという。想像がつかない。


さて、ハルヒの話に入ろう。

長編である。いろいろなことが起きる。

まずは過去に戻って「消失」で変革された世界を元に戻す。
節分の日にSOS団で豆を撒いて太巻きを食べる。
数日後に朝比奈さんが未来からやってくる。
何も知らない未来の朝比奈さんを長門の家にかくまってもらうことにする。
三人でレトルトのカレーを食べる。
未来の朝比奈さんと指令に従って缶のいたずらをする。
未来の朝比奈さんを双子の妹のみちるだと偽って鶴屋さんに預ける。
キョン、古泉に待ち伏せされる。
未来からの指令で山の石を動かす。
SOS団が鶴屋家の地図をもとに宝探し。
ご無沙汰だったSOS団による市内パトロール。
途中で未来の朝比奈さんと合流し、記憶媒体を探す。
なんか未来から来たっぽい男に先回りされる。
次の日もまた不思議探しパトロール。
未来からの朝比奈さんと合流して亀を投げる。
未来からの朝比奈さんがさらわれる。
古泉の組織が朝比奈さんを奪還してくれる。
朝比奈さんを未来に返す。
山中宝探し第二弾。
朝比奈さん(大)にあって説明を求める。
SOS団主催のイベント最中に朝比奈さんを急いで過去に送り出す。

とまあ、てんこもりである。


ここで前々回『雪山症候群』で古泉の言うことを信用する気がないとか書いたが、『陰謀』では長門さんが古泉の解説を肯定していた。つまり、山荘でSOS団を異空間に閉じ込めたのは、長門さんとは異なる宇宙人である説は正しかったのだ。こうなると古泉の推理力云々より、古泉のバックにある情報ソースがどうなっているか気になってくるところである。いやしかし、やっぱり古泉のことはどうでもいい。なんか必要なときに便利な説明とか解説とかを口挟んで、たまに深読みできるような台詞を残して裏を匂わす程度の役回りだ。むしろ私は同じ組織に属している森さんのほうが興味あるね。例の推理合宿でメイドをやってた森園生さん。一体どういう人生を送ればそんな迫力のある笑みで、敵に向き合うことができるのだろうか。
それにしてもだいぶキナ臭くなってきた。三つ巴か。


『陰謀』では宝探しのくだりがなんか好きだな。特に二回目は、ハルヒの演出がにくいと思ったよ。


それから意外と長門さんが喋る。


「あなたの判断で行動すればいい」
「わたしがそうしているように」
「未来における自分の責任は現在の自分が負うべきだと判断した」
「あなたもそう。それが」
「あなたの未来」


「でも、わたしはここにいる」
「誰の好きにもさせない」


「怖い?」
「わたしは恐れない」



初期の長門だったら絶対言わないような台詞だらけだね。



関連:
涼宮ハルヒについて大いに語る。その一。
涼宮ハルヒについて大いに語る。その二。
涼宮ハルヒについて大いに語る。その三。
涼宮ハルヒについて大いに語る。その四。
涼宮ハルヒについて大いに語る。その五。
涼宮ハルヒについて大いに語る。その六。




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